Tea & Phytotherapy
日本茶を、植物療法の視点から読み直す。
緑茶も、抹茶も、紅茶も、もとは Camellia sinensis という一つの植物です。
このページでは、日本茶を一つの植物として見るところから始めます。その視点から、日本茶に蓄えられてきた文化と知恵を、植物療法という現代の言葉で読み直す。
いま考えている問いと、その現在地です。

茶の木は、なぜその成分をつくるのか。
茶の旨味や渋みのもとになる成分は、人のためではなく、植物が自分のためにつくっているものです。
旨味に関わるテアニンは主に根でつくられ、若い葉へ運ばれます。光の条件は、テアニンの合成や分解、移動、そして渋みに関わるカテキンの生成に関わり、葉の成分組成を変えていきます。
茶園に覆いをかけるという古くからの技術は、植物の代謝にどのような変化をもたらしているのか。産地で続いてきた仕事を、植物の営みとして捉え直しています。

茶の木の、どこを、いつ使うのか。
私たちが茶として使っているのは、主に茶の木の芽や葉、そして茎です。
一番茶と二番茶、若い芽と育った葉、葉と茎、そして花や種。同じ一本の木でも、部位と季節によって、含まれるものは変わります。
植物療法が素材を部位と採取時期で見るように、日本茶を見てみると、何が見えてくるのか。
同じ植物が、なぜこれほど違う茶になるのか。
蒸す、釜で炒るなどして酵素の働きを止めるか、酸化を進めるか。紅茶や烏龍茶では昔から「発酵」と呼ばれてきましたが、起きているのは主に、茶葉自身の酵素による酸化です。
取り出し方も違います。湯で淹れる煎茶は、植物療法の調製法でいえば浸剤に近い。水出しは冷浸に、番茶を煮出す方法は煎剤に近い。そして抹茶は、水に溶け出した成分とともに、液中に分散した微細な茶葉の粒子も取り入れます。液体のなかに固体の粒子が分散する、懸濁という状態です。
同じ Camellia sinensis から、日本茶はいくつもの取り出し方を育ててきました。

日本茶の知恵を、植物療法の言葉で読むと。
季節に合わせた茶の選び方、火入れ、茶道のなかで受け継がれてきた扱い。日本茶には、長い時間をかけて蓄えられた知恵があります。
それを科学で正当化するのでも、否定するのでもなく、現代の言葉で読み直す。説明できることと、まだ分からないこと、数値に還元しないものを分けながら。
一服の茶を飲むとき、人に何が起きているのか。
香りや味、口の中の感覚から、身体や心の状態まで。茶を飲む人に起きることを、成分の働きだけでなく、一服の体験として考えています。
茶には、旨味に関わるテアニンと、カフェインが一緒に含まれています。この二つを同時に取り入れたとき、人の注意や気分とどう関わるのかは、研究が続けられているテーマです。ただ、その結果は研究の条件や対象によって一様ではなく、決められた量を摂る研究の結果を、そのまま日常の一服に当てはめることもできません。抹茶のように葉ごと取り入れる場合は、水に溶ける成分だけでなく、茶葉の固形分も口にすることになります。
茶との関わりは、飲み込むことだけではありません。飲む前に鼻から感じる香りと、口に含んだあと、口の奥から鼻へ抜ける香り。茶の香りを生む成分を、私たちはどのように受け取っているのか。
そして、一服で起きていることは、成分だけでは説明がつきません。器を手に取り、季節や場を感じ、ともに飲む人がいる。そのとき、身体と心には何が起きているのか。
測れること、観察できること、数値に還元しないもの。それを分けながら、植物と人とのあいだで起きていることを見ていく。ここまでの問いは、すべてこの一つにつながっています。